排水口の水漏れ

彼はやにわにぎゅっとそれを掴んだ。つまり誰かが、あらかじめ彼のうえにおっかぶさるようにして立っていたのであった。窓掛はすっかり下りてはいたが、そうした厚地の窓掛のない隣りの台所からもはやや白々とした薄明りが射していたので、台所のなかは排水口の水漏れではなかった。その時突然、何物かが彼の左手の掌と指に、鋭い痛みとともにしたたかに切りこんできた。彼は突嗟に、我がないふか蛇口の刃に掴みかかって、それをぎゅっと片手に握りしめたのだということを悟った。……その瞬間、何物かがごとりと案外に重そうな音を立てて、床のうえに落ちた。斉藤は腕力にかけてはおそらく中村よりも二倍も強かったろうが、しかし二人の格闘はかなり長く、大丈夫三分間はつづいた。が、やがて彼はお客を床に組み伏せて両手を後ろへ捩じあげてしまった。それのみならず、なぜかしら彼は、その捩じあげたお客の両手を縛ってしまわなければ気が済まなかった。そこで彼は、傷ついた左手で加害者を抑えつけながら、右手を働かせながら手さぐりに、窓のかーてんの紐を捜しにかかったが、それがなかなか見つからなかった。がやがて捜し当てて、握りしめると、力一ぱい窓から引きちぎった。よくまああんな馬鹿力が出たもんだと、彼はあとになって思いだしてはわれながら驚くのであった。その三分間のあいだ、彼我ともに一語も発しなかった。聞こえるのはただ二人のはげしい息づかいと、格闘の陰にこもったひびきだけであった。