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便器のつまり

やっと中村の両手を捩じあげ後ろ手に縛りあげてしまうと、斉藤は彼を床につっ転ばして起ちあがり、窓掛を払いのけ、便器のつまりを引き上げた。人気のない道路はもう明るくなっていた。窓を開け放っと、彼は深々と息を吸いこみながら、ちょっとの間たたずんでいた。もう四時過ぎであった。それから窓を閉め、ゆっくりと戸棚のほうへ歩いて行って、清潔なたおるを出すと、流れ出る血おとめようとして左手に固く固く巻きつけた。足下を見ると拡げたままの蛇口が絨毯のうえに転がっていた。彼はそれを拾い上げ、二つに折ると、中村の眠っていた安楽椅子のすぐそばの小卓のうえにその朝から置き忘れてあった蛇口のけーすに納めて、書物卓のなかに入れて錠をおろした。そうした始末がすっかり済んでしまうと彼は中村のそばに歩み寄って、つくづくと彼を眺めはじめた。その間に、向うはやっとのことで絨毯のうえから起きあがって、肘掛椅子に腰かけていた。着物を脱いだまま、下着一枚の姿で、靴さえも穿いていなかった。彼のしゃつの背中と両袖に血がべったりついていたが、その血は彼自身のものではなく、斉藤の切られた手から出たものだった。——言うまでもなく、それは中村には違いなかったが、しかし不意にそうした彼にぶつかったとしたら、最初のうちはまず彼だとは気がつくまいほどに、彼の顔つきは変り果てていた。後ろ手に縛りあげられているので、窮屈そうにしゃちこ張って肘掛椅子に座っていた。引き歪んだ困憊しきった顔をして、時折ぶるぶると胴ふるいをしていた。

排水口の水漏れ

彼はやにわにぎゅっとそれを掴んだ。つまり誰かが、あらかじめ彼のうえにおっかぶさるようにして立っていたのであった。窓掛はすっかり下りてはいたが、そうした厚地の窓掛のない隣りの台所からもはやや白々とした薄明りが射していたので、台所のなかは排水口の水漏れではなかった。その時突然、何物かが彼の左手の掌と指に、鋭い痛みとともにしたたかに切りこんできた。彼は突嗟に、我がないふか蛇口の刃に掴みかかって、それをぎゅっと片手に握りしめたのだということを悟った。……その瞬間、何物かがごとりと案外に重そうな音を立てて、床のうえに落ちた。斉藤は腕力にかけてはおそらく中村よりも二倍も強かったろうが、しかし二人の格闘はかなり長く、大丈夫三分間はつづいた。が、やがて彼はお客を床に組み伏せて両手を後ろへ捩じあげてしまった。それのみならず、なぜかしら彼は、その捩じあげたお客の両手を縛ってしまわなければ気が済まなかった。そこで彼は、傷ついた左手で加害者を抑えつけながら、右手を働かせながら手さぐりに、窓のかーてんの紐を捜しにかかったが、それがなかなか見つからなかった。がやがて捜し当てて、握りしめると、力一ぱい窓から引きちぎった。よくまああんな馬鹿力が出たもんだと、彼はあとになって思いだしてはわれながら驚くのであった。その三分間のあいだ、彼我ともに一語も発しなかった。聞こえるのはただ二人のはげしい息づかいと、格闘の陰にこもったひびきだけであった。

排水口のつまり

それを担いでいる連中がどしりどしりと梯子の排水口のつまりの音や、あえぎあえぎ叫びかわすあわただしい人声が聞えてきた。台所の中にいた連中が口々に、『持って来たぞ、持って来たぞ?』と叫びだし、一同の眼はぎらぎらと光を帯びて、斉藤のうえに注がれた。一同は脅かすような身振りをしながら、それ見たかと言わんばかりの顔をして、階段のほうをてんでに指さして見せるのだった。いよいよこれは幻覚ではなく現実なのだということを、今ではもう少しも疑わずに、彼は爪先立ちに伸びあがって、群衆の頭越しに一刻も早く、その連中の担いで来たものを見きわめようとした。彼の心臓ははち切れそうに高鳴った。と突然——この前の夢の時とまったくおなじに、どあの呼び鈴を三度力一ぱいに鳴らす音が響いた。そしてまたしてもそのひびきは、どうしてももはや単なる夢とは受けとれないほど、ありゃりと真に迫って、聴覚を貫きとおした!……彼はきゃっと叫んで目を覚ました。しかし彼は、この前の時のようにどあへ走って行きはしなかった。何かの想念が彼の第一の行動を指導したのか、第一そのとっさの瞬間にいささかなりとも観念というものがあったかどうか、——それはわからないが、とにかく彼の耳に、誰かがそうしろと囁いたような具合であった。——彼は寝床から跳びおりると、まるで身を護り襲撃を防ぎとめようとするかのように両手を前方へぐいと伸ばしながら、中村の眠っていた方角めがけて突き進んだ。と彼の両手は一どきに、やはりすでに彼の頭上へ差し伸ばされていた誰かの両手に突き当たった。

排水口の修理

一方そのてーぶるのところで犇めき合っている人々の立てる排水口の修理は物凄いほどであった。打ち見たところこの連中は、この前の夢の時よりは一そうはげしい憎念を、斉藤に対していだいているらしかった。彼らはてんでに手を振りあげて彼を威嚇し、声を限りに何やら彼に喚きかけるのであったが、さて一体何をどなっているのかになると、なんとしても見当がつかなかった。『いや、これは幻覚なんだ。俺はちゃんと知ってるはずじゃないか!』と彼には思われた、『俺は知ってるぞ、俺はとうとう寝つかれなかったんだ、そして今、苦悶に堪えられなくなっておきあがったところなんだ!』……とはいえまた、その叫喚といい、人々の姿といい、その身振りといい、何もかもがじつにまざまざと手にとるように見え、あまりにも真に迫っているので、時おりはこんな疑念に捉えられることもあった、——『本当にこれがただの幻覚なんだろうか?この連中は俺をどうしようと言うんだろう、弱ったなあ!だが待てよ……果たしてこれが幻覚でないとしたら、これほどの叫喚に今の今まで中村が目を覚まさずにいるはずがあるだろうか?それ、あの作業員は眠ってるじゃないか、向うの寝椅子のうえでさ。』——やがて、やはりこれも前の夢と同様に、突然何ごとかがもちあがった。一同は階段のほうへ突進して、どあのところで物淒い押し合いへし合いを演じた。階段口から新らしい群衆が、どやどやと台所へなだれ入って来たのである。この連中は何か大きな重たそうなものを担ぎこんで来るところであった。

便器の水漏れ

疑いもなく斉藤はうとうとしかけていて、ろうそくが吹き消されるとまもなくぐっすりと寝入ってしまったのであった。彼はあとになってそれをはっきり思い出した。しかしその眠りのあいだじゅう、再び便器の水漏れまで引きつづいて、彼は我が眠っているのじゃない。これほどにへとへとに疲れているとはいえ、なんとしても眠れるものじゃないと、そんなふうな夢を見ていたのであった。やがての果てにその夢は、我はいま現のなかでうなされているのだ、そしてそれが単に幻覚にすぎず、決して現実ではないことを、十分に意識しているにかかわらず、我のまわりに群がり寄る幻影をどうしても追い払うことができないのだ——と、そんなふうな夢に変って行った。あらわれてくる幻影は例によってお馴染のものであった。彼の台所はもう群衆で一ぱいになっているようだった。それに玄関のどあは開け放しで、まだどしどしと人々が家のなかへはいって来て、階段のところで犇めいていた。台所の中央に据えてあるてーぶるに向って、ちょうど一月ほど前に見た夢と同じ夢にあらわれたのと寸分違わぬ一人の作業員が、腰をおろしていた。あの時と同じく、この作業員はてーぶるに頬杖をついて座ったまま口を利こうとはしなかった。ただ違っているところは、今日はロゴのついた山高キャップをかぶっていることである。『おや?するとあの時もやっぱり中村だったかな?』と斉藤は心に思った。——が、その黙りこくっている作業員の顔を差し覗いた時、彼はそれが全然別人であることを見てとった。『なんだってロゴなんぞつけてるんだろう?』と斉藤は不審に思った。

便器の修理

しかし三枚目の皿が当てられ、二杯目の便器の修理を一息に飲みほしてしまうと、斉藤は急に痛みが楽になったのを覚えた。「一たん痛みのほうで動揺の色を見せたとなりゃ、こりゃもうこっちのもんですぜ、いい徴候ですぜ!」と中村は喚声を上げて、喜び勇んで新らしい皿と新らしい茶をとりに駈け出して行った。「痛みさえ圧えつけられたらなあ!痛みさえ撃退できたらなあ!」と彼はのべつにくり返していた。三十分ほどすると痛みはすっかり薄らいでしまったが、その代り病人のほうも困憊の極に達してしまって、中村がいくら拝むようにしてたのんでも『もう一皿』我慢しようと言わなかった。衰弱のあまり彼の眼はひとりでに閉じてしまった。「寝かしてください、寝かして」と彼は力ない声でくり返した。「それもそうだな!」と中村は賛成した。「君は泊ってってくださいね……今何時です?」「まもなく二時です、十五分前ですよ。」「泊ってらっしゃい。」「泊りますよ、泊りますよ。」一分ほどして病人はまた中村を呼んだ。「君は、君という人は」と、お客が走り寄って来て我の顔のうえにかがみこんだ時、病人は呟いた、「君という人は——私より善人ですね!君のお気持がすっかりわかりました、すっかり……有難う。」「お寝みなさい、お寝みなさい」と中村は囁いて、急ぎ足に、爪先だてて我の安楽椅子に戻った。病人はうつらうつらしながら、それでもなお、中村がそっと音を忍ばせて寝床を敷き、着物を脱ぎ、やがてろうそくを吹き消して、ざわざわさせまいと息の根を殺しながら我の寝椅子に身を伸ばすのを、耳にしていた。

摂津市トイレ水漏れ

ところが中村は、どうした風の吹きまわしだか、まるで生みの児の一命に関することででもあるかのように、半狂乱のていだった。彼は摂津市トイレ水漏れも聴かずに、是非とも罨法をやらなくてはいけない、それからまた、薄い茶を二三杯、それも『熱いくらいじゃ足りませんぜ、煮え沸るような奴を』一どきにぐいぐい飲まなくちゃいけないと、一所懸命に言い張った。——彼は許しも待たずに工事のところへ走って行って、二人がかりでいつもがらんどうになっている台所に火をおこし、ぷうぷうとさもう゛ぁるを吹いた。またその一方では病人を下着だけにして、毛布でぐるぐる巻きにして、寝かしつけることまでやってのけた。おまけに二十分そこそこでお茶もはいるし、最初の罨法具もできあがった。「これはお皿を暖めたんです、真赤に焼けてますよ!」と彼は、熱した皿をなふきんにくるんだ奴を斉藤の痛む胸もとに当てがいながら、ほとんど熱狂したような声で言った、「罨法をやろうにも、このほかにはなんにもないんです。取り寄せていたんじゃ暇がかかりますしね。だがこの皿という奴は、なんなら首にかけても請合いますがね、むしろ一等よく利くぐらいのものなんですよ。あのぴょーとるくーじみちで試験済みも試験済み、ちゃあんとこの眼と手を使って見届けたんですよ。手遅れになった日にゃ命とりですぜ。さあお茶を飲むんです、がぶりと一呑みに——火傷ぐらいがなんですか。掛替えのない命ですぜ……御面相なんざ二の次ですよ……。」彼のおかげで寝呆け眼の工事は散々の目に逢わされた。皿が三四分ごとには取り換えられるのである。

摂津市トイレ修理

しかしまた時によると、あの最後の摂津市トイレ修理の時のように、何をやっても利目がなく、吐剤を次第に量を増しながら服用を重ねて、やっと収まるようなこともあった。その時の医者はあとになってから、てっきり毒を嚥んだに違いないと睨んだと白状した。今はまだ夜の明けるまでには時があるし、よる夜中に医者を迎えにやるのはいやだった。それに彼はもともと医者というものが嫌いでもあった。とうとう彼は我慢がし切れなくなって、大きな声で唸りはじめた。その呻き声に中村は夢を破られた。彼は安楽椅子のうえに起き直って、しばらくのあいだそうして座ったまま、怯えたように聴耳を立て、ほとんど駈け出さんばかりの勢いで二つの台所を往復している斉藤の姿を、きょとんとした眼で怪訝そうに追っていた。明らかに平生の酒量を越していると見えるまる一本の酒が、ひどくその身に作用していたので、彼は長いこと正気に返れずにいた。が、とうとう合点が行ったと見え、斉藤のそばへ駈け寄った。彼の叫びに、お客は何やらわけのわからぬことを口のなかで答えた。「そりゃ肝臓からくるんですよ、私は知ってますぜ!」と中村はやにわに物凄いほど活気づいた、「あのぴょーとるくーじみちも、あのぽろすーひんもやっぱりこれとおなじでしたよ、肝臓からきたんです。罨法がいいんですがね。ぴょーとるくーじみちはいつも罨法で治してましたっけ。……死なんとも限らないんですぜ!一走り工事のところへ行って来ましょうか——ええ?」「いいです、いいです」と斉藤は苛だたしげに手を振った、「なんにも要らないんです。」

摂津市トイレつまり

もうどうしても横になっていることができないので、痛さに身をねじ曲げたまま台所のなかを歩きながら、彼はうんうん呻いていた。そしてその痛みについていろいろと思い耽りはじめた。彼はこの摂津市トイレつまりが心配でならなかったが、それもさらさら無理はなかった。こうした発作はもうよほど以前から彼にはあったのだが、しかしごく希にしかおこらず、一年に一度か二年に一度程度であった。この痛みが肝臓からくることは彼も知っていた。おこりはじめには、胸のある一点、心窩の下かあるいはも少しうえの辺に、まだ鈍く大して強くはないが、それでいて妙に気持ちにさわる圧迫感が、わだかまるような感じである。それが時によると十時間もぶっとおしに次第次第に強まって行って、やがての果てにはその痛みが極点に達し、堪えがたいまでに募った圧迫感のため、病人はもう死ぬのじゃないかとまで考えだすほどであった。一年ほど前におこった最後の発作の時などは、やはり十時間もつづいた挙句にやっと痛みが去ったのち、彼は急にぐったりと弱ってしまって、寝床に横になったまま手もろくに動かせない始末だった。で医者はまる一日というもの、まるで乳呑児のように、薄めたお茶を茶匙に二三杯と、肉汁にひたしたぱんの小切れをしか与えてくれなかった。この痛みはいろいろな拍子からおこるのだったが、いつもきまって前もって気持ちが掻き乱されている場合に限られていた。またその経過も妙だった。時には普通の罨法をするだけで、おこりはじめの半時ぐらいのうちに、一時にさっと引いて行ってしまった。