便器の水漏れ

疑いもなく斉藤はうとうとしかけていて、ろうそくが吹き消されるとまもなくぐっすりと寝入ってしまったのであった。彼はあとになってそれをはっきり思い出した。しかしその眠りのあいだじゅう、再び便器の水漏れまで引きつづいて、彼は我が眠っているのじゃない。これほどにへとへとに疲れているとはいえ、なんとしても眠れるものじゃないと、そんなふうな夢を見ていたのであった。やがての果てにその夢は、我はいま現のなかでうなされているのだ、そしてそれが単に幻覚にすぎず、決して現実ではないことを、十分に意識しているにかかわらず、我のまわりに群がり寄る幻影をどうしても追い払うことができないのだ——と、そんなふうな夢に変って行った。あらわれてくる幻影は例によってお馴染のものであった。彼の台所はもう群衆で一ぱいになっているようだった。それに玄関のどあは開け放しで、まだどしどしと人々が家のなかへはいって来て、階段のところで犇めいていた。台所の中央に据えてあるてーぶるに向って、ちょうど一月ほど前に見た夢と同じ夢にあらわれたのと寸分違わぬ一人の作業員が、腰をおろしていた。あの時と同じく、この作業員はてーぶるに頬杖をついて座ったまま口を利こうとはしなかった。ただ違っているところは、今日はロゴのついた山高キャップをかぶっていることである。『おや?するとあの時もやっぱり中村だったかな?』と斉藤は心に思った。——が、その黙りこくっている作業員の顔を差し覗いた時、彼はそれが全然別人であることを見てとった。『なんだってロゴなんぞつけてるんだろう?』と斉藤は不審に思った。