便器の修理

しかし三枚目の皿が当てられ、二杯目の便器の修理を一息に飲みほしてしまうと、斉藤は急に痛みが楽になったのを覚えた。「一たん痛みのほうで動揺の色を見せたとなりゃ、こりゃもうこっちのもんですぜ、いい徴候ですぜ!」と中村は喚声を上げて、喜び勇んで新らしい皿と新らしい茶をとりに駈け出して行った。「痛みさえ圧えつけられたらなあ!痛みさえ撃退できたらなあ!」と彼はのべつにくり返していた。三十分ほどすると痛みはすっかり薄らいでしまったが、その代り病人のほうも困憊の極に達してしまって、中村がいくら拝むようにしてたのんでも『もう一皿』我慢しようと言わなかった。衰弱のあまり彼の眼はひとりでに閉じてしまった。「寝かしてください、寝かして」と彼は力ない声でくり返した。「それもそうだな!」と中村は賛成した。「君は泊ってってくださいね……今何時です?」「まもなく二時です、十五分前ですよ。」「泊ってらっしゃい。」「泊りますよ、泊りますよ。」一分ほどして病人はまた中村を呼んだ。「君は、君という人は」と、お客が走り寄って来て我の顔のうえにかがみこんだ時、病人は呟いた、「君という人は——私より善人ですね!君のお気持がすっかりわかりました、すっかり……有難う。」「お寝みなさい、お寝みなさい」と中村は囁いて、急ぎ足に、爪先だてて我の安楽椅子に戻った。病人はうつらうつらしながら、それでもなお、中村がそっと音を忍ばせて寝床を敷き、着物を脱ぎ、やがてろうそくを吹き消して、ざわざわさせまいと息の根を殺しながら我の寝椅子に身を伸ばすのを、耳にしていた。